何のために・どの程度まで片付けるのかの基準

家中の整理整頓を徹底しておくのは、現実的には難しいと感じています。

家族4人で生活している中で、どこを見ても片付いている状態のときなんて、ほとんどありません。

わたし自身が、ある程度生活感のある空間を好意的に受け入れていることもあり、モデルルームのように片付ける必要性を感じていないこともあります。

かと言って、散らかりすぎるのもこれまたストレス。

では、何を基準に片付けるのか。

大事なのは、どこを、どの程度まで、何のために整えておきたいのかを自分で決めることなんじゃないかと思ったりします。

例えば、わたしの場合、ひとつの基準になっているのが「急な来客」かもしれません。

積極的に「いつでも遊びに来てください」と人を招くタイプではないからこそ、です。

田舎で暮らしていると、ご近所さんがお裾分けを持ってきてくださったり、小学生の娘たちが「今日、友達が来ることになった」と言い出すこともあります。

そういう類の出来事は、いつも突然。

そんなときに、玄関先で用事だけ済ませて帰ってもらうのではなく、「よかったら、上がっていきますか?」「家で遊んでっていいよー、よかったらおやつも食べて行く?」みたいなことを自然に言えるくらいの心構え(=家の状態)でいたいと思うのです。

もちろん相手の様子を見て、急いでおられるようだったり、今日はそういう雰囲気ではなさそうだな〜という空気は読みつつですが。

玄関で立ち話が盛り上がったりすると、「よかったらお茶でも」と言える状態の家ではありたいなと思うのです。

とはいっても、普通に洗濯物は部屋干ししているし、子ども部屋もおもちゃや文房具が転がっているし、水切りかごには洗い物が入ったまんまで、普通に入ってきてもらっています…。

毎朝掃除機とフローリングワイパーをかけるときに、ある程度は所定の位置に戻したり最低限の片付けはしているつもり。

なので、突然誰か訪ねてきても、中に入ってもらっても差し支えないレベル(わたしのかなり低めハードルによる)にはなっているわけです。

もう少しこの人と喋りたいとか、子どもの友達関係のことを考えたりするときに、「家が散らかりすぎて他人に入ってもらえるような状況じゃない」と思ってしまうと、自分から人間関係を閉じてしまうことになるよなぁと思っていて。

ただでさえ在宅ワークで姉妹も学童通いをしているため、親子ともに他者と関わる機会は貴重なのです。

そう考えると、わたしの場合は、急な来客を歓迎できる程度の片付けを仕組み化しておきたい。

人を迎えるまでの動線上にある場所といえば、玄関、台所、ちゃぶ台の上。

このあたりは、いつでも片付けやすい状態にしておく意味があります。

玄関には靴が散乱しないように、ひとり何足までと靴の数を決めて溜まらないようにしたり。

台所は作業が終わったらリセットしやすくしていたり。

ちゃぶ台の上は一時置きする場所にしないとか。

そうしておけば、突然「お友達が来る」と言われても、家中を大掃除する必要はありません。

人を迎えるのに必要な場所だけ、少し整えればいい。

反対に、普段あまり人に見られない場所まで、常に完璧にしておこうとは思っていません。実際に夫スペースは散らかっているのが常。でもここは扉で完全に閉め切ることができるので大丈夫!

来客時を想定して完璧な片付けを目指していると、逆に生活しにくいし息苦しくなります。

でも、ご近所さんや娘の友達といった急な来客を歓迎できる程度には片付けておきたいし、その方が精神的にも安らげる。

「家中を整える」のではなく、「自分が困らないために、必要なところを整える」。

いつ誰が来ても完璧なモデルルームのような家ではなく、「どうぞ、上がっていって」と言えるくらいの気持ちでいられる家が目標。

そのために必要な場所だけ、片付けやすい仕組みにしておく。

それくらいの整理整頓が、今のわたしにはちょうど良いと感じています。