もうひとつあった、手段が目的化した趣味

少し前に、「趣味とは手段が目的化したもの」という定義を読んで納得したという話をしました。

真っ先に浮かんだのが料理だったので、そのことを詳しく書いていたのですが、今ふと、もうひとつ「手段が目的化したもの」があることに気が付きました。

それは、カメラです。

元々は、Instagramを始めたのがきっかけ。

キレイな写真を撮りたい!と思ってミラーレスカメラを購入しました。

Instagramを始めた頃はスマホ撮影の写真をアップしていたのですが、途中からカメラに変わっています。

オートモードだと、なかなか自分の思うような写真が撮れないため、マニュアル撮影を学ぶことに。

その結果、どんどんカメラ撮影が楽しくなってきて、今に至ります。

発信するための手段だったカメラが、いつの間にか目的化していることに気がついたのは、「もし何かしらの理由でカメラ撮影ができなくなり、スマホ撮影写真しか更新できなくなったら、インスタもブログも、発信すること自体をやめるだろうな」という段階になってきたからです。

特に何も考えず、ただ楽しくて撮り続けている写真。せっかくだから誰かに見てもらえたら…という気持ちからの発信なので、思うように撮れなければ発信する意味もない。

それぐらい、わたしの相棒として、大切な趣味としてカメラの存在が日に日に大きくなっています。

「今使っているものが壊れたら同等品の新しいものを購入しても良い」という許可は夫から得ているので、ひとまず安心ではあるのですが。

それでも、カメラを使えない空白期間が数日でもあることを想像するだけで辛い…。

子どもの頃よく観ていた「ちびまる子ちゃん」では、親友のたまちゃんのお父さんがカメラマニアで、事あるごとにカメラを構えて撮影しているのですが、まさか自分がそんなことになるなんて。意外すぎて驚いています。

たまちゃんのお父さん、気持ちわかるよ〜!