最近読んだ朝井リョウさんの小説「スター」を読んで考えたことを、印象に残ったセリフを元に箇条書きで記録しておきます。

①「時間を払ってもらっている」という感覚
「消費者が対価として支払ってるのって、多分、お金じゃなくて時間ですよ」
無料コンテンツが大量にある時代、本当に価値がある情報は有料コンテンツであると思いがちだし、事実です。
でも、貴重なのは“見てもらう時間”です。
わたしもSNS発信をしていますが、無料だから適当に気軽に〜ではなくて、せっかく見たり聴いたりしてくれている人の時間を無駄にしたくない“という気持ち、対価としてお金ではなく“その人の人生の時間”を受け取っているという感覚があります。
だから再生数とか滞在時間とか数字で考えることも必要かもしれませんが、それ以上に「この時間を使ってよかったと思ってもらえるか」を考えたいと、改めて感じました。
② 「答え」より「問い」をくれる作品
「答えじゃなくて問いをくれるから」
“正解を知っている人”が強い時代。批評よりも正解の分かりやすい考察文化になりつつあると、「考察する若者たち」で三宅香帆さんも書かれています。
わたしも何かコンテンツを受け取るときは、これを読んだら、観たら、聴いたら、今悩んでいることや解決したいことの答えがもらえそうと思うものを自然と選んでいます。
でも実際には、答えそのものより、「自分で考えたい」のかも。考えるためのきっかけを探しているような気もします。
問いをもらうことで、自分ならどうするか、あとから何回も考え続けられる。
本も映画もラジオも、そういう“考えるきっかけ”になれたら十分で、実は問いを立てることも需要があるように思います。
③ 「発信」は変わっても、「受信」は人間
「受信するのはいつでも人の心」
編集や加工技術が日々アップデートされ、AIも台頭してきている時代。発信の方法や媒体も選択肢が多く、「ないものを、あるように」「あるものを、ないように」できる時代だというセリフが何度か出てきました。
発信の技術や届け方はどんどん変化していく一方で、受信する側は常に人間の心であることは変わらない。
当たり前のことなのに、この本を読んでハッとしたことのひとつです。
つまり、どれだけ技術が進化しても、最後は“感情”に届くかどうか。
結局のところ「ちゃんと人間に向き合っているか」が残るのだなと感じました。
④「待てなくなった時代」
「最終的に、自分を待てなくなる」
すぐ結果や反応、すぐ数字や評価を求められていると、その弊害として最終的には自分自身を信じて待ってあげられなくなる。
それってすごく怖いことだと感じました。
自分の生活や仕事、子育ても、一定は“待つ時間”が必要だと思います。
でも待てなくなると、中身ではなく“評価されやすさ”を作り始めてしまう。その結果、本末転倒に陥るとわかっているのに、つい目の前の短期的な評価を求めてしまう。難しい…。

「本来、比べられないものを、私たちは同じ土俵で無理に比べている」
このセリフも印象に残りました。
映画も、本も、暮らしも、人間も、本来かなり曖昧なもの。
なのに、数値化・ランキング化され、“判断”が求められる。
でも、無理に白黒つけなくていいものまで、捨てなくていい。曖昧さを残して、無理に比べなくていい。

この小説は、「正しいとは、本物とは」というテーマが一貫して描かれていました。
一冊を通して読んだあと、改めてわたしにとっての本物とは?と考えてみたところ、「想定していなかった誰かに届いたとき、恥ずかしくない内容かどうか。」それが、自分に嘘をついていない作品なのかもしれないなぁと感じています。
本名で発信していないブログやYouTube、Instagramを見てくれている人は、ほとんどが直接的な知り合いではありません。
でも、身内や友人、リアルに繋がっている人に見られたとしても焦らない、恥ずかしくない(嘘や悪口、虚勢のない)発信をしていきたいと思っています。