前回の続き。
先日、夫にも「趣味とは、手段が目的にすりかわったこと」という本の中の言葉について話してみました。
わたしはこの定義を読んで、料理を趣味だと認めざるを得なくなった、という話も付け加えて。

すると、そこから夫の話になりました。
いつも「趣味がない」と言っている夫。仕事以外の時間、何か没頭できる趣味を見つけたいと言いつつ、今のところ特に見つからない様子。
車のメンテナンスや庭仕事は好きなのですが、一定落ち着くとそれ以上はもういいか…となるみたいで。
でも、この定義に当てはめて考えてみると、もしかしたら趣味と位置付けられるものがいろいろあるのではないか…と話が続いていきました。
例えば、お金の管理。
もともとは、生活していくために必要なお金管理。
ところが夫の場合、ただ収支を把握するだけではなく、どうすれば管理しやすいかを考えたり、仕組みを作ったり、Excelでシートを作ったりすること自体に、やりがいや楽しさを感じているそう。
他にも似たようなことがあるわ、と夫が気付きたのが、iPodの整理です。
車の中で音楽を楽しむためにiPodの曲を整理していたはずなのに、いつの間にか、曲名やアーティスト名の表示形式を揃えることが楽しくなっていることがあるらしく。
たしかに平日の夜や休日にパソコンでカタカタ没頭している姿は見かけます。
これらは、手段が目的にすり替わっていることになるのでは?
本来の目的からすると、そこまでやらなくてもいいこと。
お金が管理できていればいいし、音楽も車で聴ければいい。
でも、夫にとっては、その「そこまでやること」に楽しさや達成感を見出している。

こうやって考えていくと、夫が好きなのは、「見えないものを見えるようにすること」なのではないかという結論に行き着きました。
お金の流れを数字にする。バラバラになっている曲の情報を揃える。
仕事でも、ルーティンワークや作業的なものよりも、頭の中にある業務をマニュアルに落とし込むような業務が好きらしい。
複雑だったものを、仕組みとして見える形にする。見えない業務を言語化して、誰にでもわかる形にする。
そこまでは熱心に取り組めるけれど、その先にはあまり興味がない。
仕組みができて、業務が誰にでもできるようになったら、もう自分が手を出す必要がないからということでした。

そこで、わたしがふと気づいたこと。
夫は見えないものを見える化するまでに興味関心があって、その先は興味ない→だから既に見える化されているモノの片付けが苦手なんだ!!!(飛躍しすぎ?)
モノが散らかっていて、それを元の場所に戻す。
この作業は、夫にとってあまり面白くないのかもしれません。
だって、もう見えているから!
どこに何があるかも、何が散らかっているかも、すでに目の前にある。
しかも、片付けたところで新しい仕組みが生まれるわけでもありません。
ただ、見えているものを元の状態に戻すだけ。これは誰にでもできること。

一方で、まだ形になっていないものを整理することには、ものすごく熱心になる。
「何となくこうなっている」という状態を、言葉や数字やルールにしていく。
そう考えると、夫は趣味がないのではなくて、本人がそれを「趣味」と認識していないだけなのかもしれません。
生活のためにやっていたことが、いつの間にか「仕組みを考えること」そのものを楽しむ行為になっていたのです。
これなら、ちゃんと趣味の定義に当てはまっている。
そして同時に、夫がなぜ部屋の片付けをあまりしないのかも、なんとなく理解できた気がして、個人的に満足。
「整理が苦手」なのではなく、見えているものを整理することに、そもそもあまり興味がない。
夫が興味を持つのはその一歩手前で、まだ見えていないものを見えるようにすること。
「あるけれど見えていないもの」に形を与えること。
そう考えると、夫の行動が今までより少し論理的に見えてきました。