3人と4人のあいだにある会話の壁

少人数なら会話を楽しめるけど、多人数だとなんか疲れることってありませんか。

わたしはなんとなくそう感じていました。多人数は盛り上がるしその場は楽しんでいるけれど、あとでどっと疲れていることに気がつく。

では、この少人数と多人数の具体的な境目はどこなのか。

個人的には、3人までなら普通に話ができるのに、4人以上になると途端に会話が難しくなる気がしていました。

なぜ人が1人増えるだけなのに、3人と4人では会話のハードルが異なるのか。

その理由が、最近読んだ本に出てきた「トーキング・ストーン」というものを知って、はっきりわかった気がしたのです。

読んだ本のタイトルは、「大人になって心理学を学んだら 子育てが楽になり、週末本屋を開いた」(ライター・石川理恵著)

本の内容としては、40代の著者が一念発起して通信制大学で心理学を学んでいく過程やその後に訪れる転機などについてが記録されています。

前半部分では、著者が心理学を学ぶきっかけについて書かれていて、その中のひとつのエピソードに出てきたのが「トーキング・ストーン」です。

トーキング・ストーンは、手のひらにおさまるくらいの石を使った会話のルール。

そのルールは至ってシンプルで、「石を持っている人だけが話す」ということ。

つまり、話す人が変わると、石もその人に渡される。

これは、会議や話し合いの場で、誰かが話している途中で遮ったり、何人も同時に話し始めることを防ぐ効果があるそうです。

これを読んだとき、これだ、と気がつきました。

わたしの場合、3人くらいまでならそのボール(石)を追うことができます。

Aさんが話して、Bさんが返して、わたしが受け取る。

誰が話しているのか。誰が次に話しそうなのか。今は誰のターンなのか、だいたい把握できる。

ボールはひとつしかないから、です。

ところが、4人になると急に様子が変わります。

Aさんが話している途中で、Cさんが別のことを話し始める。

BさんがAさんの話を拾い、DさんがCさんに返す。

いつの間にか、ひとつだった会話のボールがふたつに増えることがあります。

AさんとBさんの会話が終わってもなおCさんとDさんが話し込んでいる場合、そこに入って良いのか終わるまで別の話を続けておくか。

互いに空気の読み合いみたいなところが出てきます。

今この話題に入っていいのか。さっきの話はもう終わったのか。瞬時にいろんなことを把握しようとしてしまうから疲れるのかもしれません。

もちろん3人の場合でも、AさんBさん2人だけで会話が広がりCさんが置いてけぼり状態になることはあります。

ただ、その場合でも3人ならボールはひとつのまま。

Cさんは2人の会話を聞いているか、気心の知れた関係なら、ちょっとスマホで必要な連絡を取ったりとかするぐらいで。

「多人数の会話が苦手」という言葉だけでは、その理由が自分でもよくわかっていなかったのですが、トーキング・ストーンの話を読んで、3人と4人では明確な線引きがあるということが分かりました。

3人まではボールがひとつに見える。

4人になると、ボールが複数になる。

ただ、これも一概には言えないわけで。

先日、何年かぶりに大学時代の友人5人で会う機会がありました。

5人。

そう、会話のボールがふたつに増える可能性大なパターン。

再会が久しぶりすぎることもあり、絶対楽しいけど疲れるかもしれないと予想していったものの、全然疲れることなく帰ってきたのです。

なぜか。

それは、5人で話している3時間ほどの間、会話のボールがずっとひとつだったから。

互いの近況報告から始まって、働き方や子育ての話などを女5人で語り合っていたのですが、常に誰か一人が話しているところを四人が聞いて相槌を打っては別の友達の話に移る…みたいな感じで、終始会話の流れも内容にもついて行けて、ひたすら楽しい時間でした。

今回の集まりを企画してお店の予約など手配してくれた友人が、うまいことみんなに話題を振ってくれたのです。昔からそれを感じさせずに自然と気配りのできる子ではあったのですが、帰り道になぜ疲れなかったのかを考えていると、「あの子のおかげやなぁ」と顔が浮かびました。

だから、こんな例外もあるわけです。

もちろん多人数で会話が分裂することは当然だし、それがダメということではありません。

でも、自分の中でなぜ3人と4人で会話に対する疲労度が違うのか気付けたのは、面白い発見でした。