最近読んだ本、「読みたいことを、書けばいい。」の中に、こんな趣味の定義が出てきました。
「趣味とは、手段が目的にすりかわったこと」

「手段の目的化」という言葉だけ聞くと、あまりいい印象は受けないかもしれません。わたし自身がそうでした。
仕事の場面でよく使われる言葉だと認識しているのですが、「本来の目的を忘れて手段そのものにこだわってしまい、結果として目的を達成できない。もしくは達成に時間がかかること」を「手段の目的化」と呼んだりします。
でも、それが趣味になると話が変わるというところが面白いと感じました。
手段だったものが目的になった瞬間、それは「趣味」になる。
今日は、この一文を読んで、自分が料理を趣味だと認めざるを得なくなったという話です。

これまでわたしは、料理が好きなのかどうか、いまひとつ自信がない。というか、好きだと認めたくありませんでした。
好きなら、さぞかし料理上手なのだろうと、自分にプレッシャーをかけたくなかったのです。
台所道具を使うのは好きだし、いくつかの料理を同時に進めたり、前日に決めたタスクを効率よく終わらせたりするのも好き。
だから、料理そのものというより、台所仕事の段取りや道具を使うことが好きなだけだと思っていました。
料理はあくまで「家族にごはんを食べてもらう」という目的のための“手段”。
ところが最近、子どもたちが実家に泊まりに行くことが増えて、その考えが少し揺らぎました。
子どもがいない日は、料理をしなくてもいい。
夫は休日、自分で麺料理を作ることを楽しんでいるので、わたしが用意する必要はありません。自分ひとりのごはんなら簡単に済ませばいいし、わざわざおやつを作る必要もない。
だから、子どもたちが泊まりに行くと「ラッキー」と思う反面、「あのレシピでおやつを作ろうと思ってたのに」「あのおかずも作ってみたかったな」と、残念に思っている自分がいる。
このことに驚きました。
料理をするための「目的」がなくなったのに、料理をしたい。
これはもう完全に手段が目的にすりかわっている…!
実際、子どもたちを実家に送り届けたあと立ち寄ったスーパーでおからを発見して購入。
何か作りたくなり、久しぶりにおからスコーンを焼きました。子どもがいないから作る必要もないのに、です。(迎えに行った際に母におからスコーンを渡すと、とても気に入ってくれてよかった!)
この出来事と、本で趣味の定義を読んだタイミングが重なったこともあり、そろそろ料理が好きだと認めようか…となったというわけです。

先ほども書いたように、これまでは「料理が好き」と言うには、料理が得意でなければいけないような気がしていました。
レパートリーが多くて、手際がよくて、誰かに振る舞えるくらい料理上手でなければ、みたいな。
だから、自分の感情ひとつで料理=趣味と位置付けられなかったのです。
でも、趣味について述べられた文章の中で、個人的に一番腑に落ちた「手段が目的にすり替わっていること」という定義に当てはめてみることで、やっと料理が好きなのだと認められそう。

仕事では「手段の目的化」は目的を見失うこと。
趣味では「手段の目的化」は目的を見つけること。
そんな視点で捉えてみるのも面白いなと感じました。
そしてこの話を夫にも話してみたところ、趣味がないといつも言っている夫の意外な趣味を見つけることができました。
次回に続く…