【小説】
「あの冬の流星」

「あの日のつづきを生きている」

どちらも朝倉宏景さんの小説です。
はじめに少し余談なのですが…
最近、「小説を読むって体力いるわ!」と思っていて。
これまでの読書は小説・エッセイ中心で比較対象ジャンルはありませんでした。
昨年からは新書やビジネス書といったジャンルもよく読むようになり、その時の気分で読む本を選ぶようになったのですが。
疲れているときほど、小説“以外”を選びがちなことに気がついたのです。
なぜなら、新書などは道筋が最初からガイドされていて、頭に入っていきやすいから。
「この本では、こんなことを、こんな流れで考えていきます」と、著者によって地図を示してもらえる。だから1ページ目から淡々と読んでいくことができるわけです。
でも、小説の場合。新書よりもう少し能動的な読書が求められるという点で体力が必要だと感じることが多くなりました。
例えば、5年後のエピソードが冒頭に描かれていたり。「どういうこと?!」みたいな意味深な描写から始まっていたり。
普通に時系列で描かれる物語でも、登場人物や背景や場面の想像を自分の中で膨らませながら読み進める必要がある。
そういう点で、これまでは特に感じていなかった、「小説を読むには体力が必要だ」という感覚を味わっています。
一方で、一度その物語に没入してしまえば、ページをめくる手が止まらないということになるのは小説の持つ強みなのですが。
前置きが長くなりましたが、小説読むのって大変や〜と思う中で「この人の小説はなんか読みやすいな」と感じたのが朝倉宏景さんです。
わたしはまだ2冊しか読めていませんが、どちらもすーっと物語の中に入っていけた感覚があります。
テーマは重ためではあるし、登場人物もそこそこ多い。なのに戸惑うことなく没入して読み進められたのは、著者の文体によるものなのでしょうか。
すーっと入れても、読んでいる途中は、うんうん頭を巡らせて考えることの多い内容でした。
秋の夜長の一気読みにもおすすめです。
【新書】
「推したちとどう生きるか」

なんだか三宅香帆さんの本(特に新書)って、読むと元気が出てくる不思議さがあります。「考察する若者たち」然り、読みやすさや親しみやすさに加えて、読み終えて本を閉じたあとは、なんか勇気づけられていることに気が付く。そんな感じ。
そして、今起こってる現象は過去からの積み重ねなんだと、改めて気付かされるのも三宅さんの本の特徴かもしれません。
「なぜはた」でも、明治期の労働史から紐解かれていたように、今回の本も日本の推し文化はどのように生まれたのかを、歴史を遡ってわかりやすく説明されています。
最後には、健やかに推しと向き合うためにできることを提唱されており、現在明確な推しがいないわたしでも、なるほどなと腑に落ちる感覚がありました。
【その他】
「買わない生活」

ダライ・ラマ14世の言葉が出てきました。
「人は金を稼ぐために健康を犠牲にし、健康を取り戻すために金を犠牲にする」
→これぞ本末転倒!
「買う行為はクリエイティブじゃない」という視点も印象的でした。
何か必要になったとき、まずは別のもので代用できないか。なんならなくても生活できるんじゃないか。まずは自分なりに工夫してみる。(めっちゃクリエイティブ)
色々試したものの、やはり必要だとわかったときは、他人に譲ってもらうのが次の段階。もらう場面だけを想像するとクリエイティブさはないけれど、誰かとモノを譲り譲られる関係を築いていく過程はめっちゃクリエイティブなのです。人間関係の構築という、目に見えないものを作っていくのはなかなか難儀なこと。
そして最後、どうしようもなくなった最終手段が「買う」という行為。
ネットで買う場合は、ボタンひとつ。なんてクリエイティブじゃない行為!ということです。
わたしは「ほしい!」と思ったものは割と衝動買いしてしまうことがあります。特に台所道具。
でも、収納グッズや家具に関しては「今あるものでなんとかできないか…」と考えることを楽しく面白く感じています。
どうしても足りなくて買うときは、たしかに「負けた…」という気持ちになることも。
「買う行為はクリエイティブじゃない」
この言葉を胸に刻んで、なるべく買わないように。この言葉を思い出しても欲しい気持ちが強いときは、思い切って衝動買いを。(?)