コンパクトな家での生活は快適で、目が行き届くところが気に入っています。
でも、ふと不思議だなと思ったことがひとつ。
元々ひとり時間が好きで、たとえ家族でも一定の距離感を保って過ごしたい性格。それなのに、家族4人がこの空間にいてもあまりストレスを感じないのです。
部屋の使い方を工夫したり、それぞれの部屋に椅子やちゃぶ台を置いて居場所を複数用意したりと、空間的な間仕切りはしています。

でも、家族それぞれに個室があるような家ではないので、物理的に空間を分けることには限界がある。
そんな中でも、空間以上に分けているものがあるからストレスを感じないのかも!と気が付きました。
その分けているものとは、「時間」です。
わたしの場合、朝型なので夜は20時を目安に就寝し、朝3時に起きる生活。なので、ひとりの時間は早朝にあります。
朝3時から大体6時くらいまで。
家族が起きてくる前の数時間は、家の中で起きているのはひとりだけ。つまり、わたしの天下なのです!
台所を使うのも、リビングにいるのも、何をするのも自分の自由。
この時間にしていることといえば大半が家事なのですが、自分のリズムで思うように動けることはこれ以上ない快適さ。
「ここからここまでは自分の部屋」という場所はなくても、3時間まるごと自分のものになっています。

夫の場合は、夜にひとりの時間があります。
わたしは早く寝るので、そのあとは夫の時間。
キッチンで麺を茹でて、わたしが作っておいたおかずと一緒に動画を見ながら食べたり、自由に過ごしている様子。

同じ家で生活をともにしていても、時間帯によって家をひとりで使う人が入れ替わっている。
そう考えると、わが家では自然と、空間以上に時間を分けることによってプライベートを確保していたのだと気が付きました。
広い家なら、それぞれに部屋を持つことでプライベートな空間をつくることができます。
でも家がコンパクトなら、必ずしも同じ方法を取れません。
「自分だけの場所」が難しければ、「自分だけの時間」をつくる。空間が難しければ時間を分ける。
それだけでも、家の感じ方はずいぶん変わるのかもしれません。

そう考えたときに、ひとつ少し難しい問題が。
子どもたちにも、ひとりの時間は必要だと思うのです。
でも、小学生の姉妹は親(特にわたし)と生活時間が重なります。
大人のように「夜、家族が寝たあとにひとりになる」という方法も取りにくい。
「ひとりになりたい」と思ったときに、物理的に別の部屋へ行けるとは限らない。
だからこそ、子どもたちには「ひとりの空間」だけではなく、「自分の時間」をどうつくるかを考えてみたいと思っています。
たとえば、みんなでいる空間でも、ひとりで本を読んでいるときはむやみに話しかけないとか。
それぞれが好きなことをする時間をつくるとか。
姉妹が別々に過ごせる時間をつくるとか。
「今はひとりでいたい」と言ったときには、それを尊重する。
同じ空間にいても、その時間をその子のものとして扱う。
それも、子どもにとってのプライベートなのかもしれません。

考えてみると、プライベートというのは、必ずしも壁や扉でつくられるものではないのかもしれません。
もちろん、自分だけの部屋があれば便利だし、ひとりになれる空間があることは大切。
でも物理的に空間を分けられないなら、時間を分けるとか。同じ空間にいるときにも、お互いの時間を尊重するとか。
そうやって考えると、コンパクトな家でも家族それぞれの「自分の時間」はつくれるのかもしれない。
わたし自身は、早朝の3時間をひとりで過ごすことで、家の狭さをあまりストレスに感じずに暮らせている。
だから今度は、子どもたちにとっての「自分の時間」をどうつくっていくか。
部屋を増やすことだけが答えではないのだとしたら、今の家でできることが、まだ何かある気がしています。