“心配ごと”に飲み込まれず、“考えごと”にエネルギーを使う

最近読んだ本、「さみしい夜にはペンを持て」。

「嫌われる勇気」で有名な古賀史健さんが、13歳に向けて書き下ろした、自分を好きになる書き方の寓話です。

いつも通っている図書館にも、中学生向けコーナーに並んでいました。

本のタイトルだけは何度か耳にしていたので借りてみたのですが、中学生に向けて書かれただけ分かりやすい文体でとても読みやすかったです。

この中でいくつかメモした言葉があるのですが、今日はその中から考えたことをご紹介。

“悩みごとをふたつに分けて考える”という言葉がありました。ふたつとは、「心配ごと」と「考えごと」。

「心配ごと」

どんなに考えても答えが出ないもの。自分の力では結果を変えられないこと。例えば、天気など。→悩んでも仕方ない

「考えごと」

今の自分にできることがひとつでもあるならこっち。悩む価値あり。

「心配ごと」と「考えごと」を分けることは“思考をどこに使うかの整理”にもなるなと気がつきました。

漠然とした不安感や焦燥感は常にあるものの、ただオロオロしていても何も状況は変わらない。

それなら、今の不安は心配ごととして置いておくか、考えごととして具体策を検討するか。

いったんそこから整理してみると、気持ちも落ち着いてくるのでは。

少し前にもブログで書いた『佐藤さんと佐藤さん』という映画で、主人公の友人(女性)が出てきます。

彼女は夫の浮気が発覚したことで、一時は本気で離婚しようと、弁護士である主人公のところに相談にやってくるのですが。

彼女はいきなり「離婚するかどうか」という結論(=答え)は出しませんでした。

答えを出す前に、まずは自分の足でしっかり立てるように仕事を頑張ることを決めたそう。課長に昇進したシーンも作中で描かれていました。

自分の感情が不必要に揺れていると、冷静に見極められる状態ではない。

つまり「ちゃんとした考えごと」ができる状態じゃなかったということ。

だから先に、自分の足で立つ(=思考できる土台をつくる)という順序を踏んだのです。

「夫の浮気」という出来事自体は、ある意味すでに起きてしまった“コントロールできない部分”も含んでいるから、そのまま抱えると「心配ごと」として引っ張られやすい。

でも彼女は、そこを分けて考えたのでは。

心配ごと:相手の気持ち、過去の出来事

考えごと:これから自分はどう生きるか、そのために今できること

そして“考えごと”の方に集中するために、まず自分を立て直した。

先ほどの本の話と繋げると、「すぐに結論を出さない」という選択は、“心配ごと”に飲み込まれず、“考えごと”にエネルギーを使うための行動だった

と言えるのではないでしょうか。

この視点を日常にも応用できたらなぁとおもいます。

モヤっとした、何かわからないけど不安なときに「これは心配ごと?考えごと?」と、一度仕分けするだけで、そのまま何もしなくていいことなのか、今何かやるべきことなのか、が自然に見えてくる。

そしてもし“考えごと”なのに動けないなら、それは映画に出て来るワーママと同じで「考えるための状態が整っていない」サインかもしれない、なんてことを考えたりしています。