PodcastやVoicyなどの音声配信では、最初にちょうどいい感じの雑談から自然な流れで本題へ〜というパーソナリティさんが多く、聴くたびに「自然体で心地よいな〜憧れるわぁ」と思うのです。
わたしは元々、雑談があまり得意ではありません。
目的のない会話、オチのない話題、どこに着地するのかわからない時間に、どこか居心地の悪さを感じてしまうからだと思います。
そんなときに『頭のいい人が話す前に考えていること』という本を読んで、少し救われた気持ちになった言葉が。

そこには「無理に雑談をしなくていい」と書かれていたのです。
“雑にできない「雑談」なんてしなくていい”
“密度の高い雑談ができるのは、それまでのコミュニケーションや普段考えたことの蓄積があってこそ”
雑談が苦手=欠点ではないのかもしれない、と少し肩の力が抜けた文章でした。
とはいえ、です。
「雑談しなくていい」と思えたからといって、雑談がまったくできなくていい、とはやっぱり思えない…。
ブログなど一方的な発信においては無理に雑談しないと決めて、割り切ることができるようになったのですが。
実際に誰かと相対しているときは別。
できることなら、もう少しだけ雑談がうまくなりたい、という気持ちも正直あったり。
そんなときに思い出したのが、MEGUMIさんの美容本に書かれていた「質問3回の法則」でした。
“人は自分に3回続けて興味を持ってもらうと好意を感じて、ぐっと距離が近くなるんだそう。”
会話を盛り上げようとして自分の話を足すのではなく、相手に質問を返すことを、まずは3回意識してみる、というもの。
ここで気づいたのは、雑談が苦手だと思っていた自分は、「何を話すか」や「相手の言葉に対してどう返すか」ばかりを気にしていて、「どう聞くか」については、ほとんど考えてこなかったのではないか、ということでした。
その「どう聞くか」について、腑に落ちたのが、東畑開人さんの『聞く技術、聞いてもらう技術』という本。

本の中で語られているのは、相手の話を聞きながら、次にどう返そうかを考えるのではなく、評価も整理もせず、ただひたすらに聞く、という姿勢の大切さ。
聞くことを「次の一手を考える時間」にしない、という考え方。
これを読んで、雑談が苦手だと思っていた理由が、さらに少しわかった気が。
わたしは聞いているつもりで、実は「ちゃんとした返し」を準備することに必死だったのかもしれません。それがゆえにきちんと相手の言葉を話半分で聞いてしまっていたのかも。
先ほど書いた質問3回の法則も、相手の話をコントロールするための技術ではなく、ただ相手の話を心地良く続けてもらうための潤滑油的なものだと考えると、相手の話をしっかり聞くための質問であり、聞いているから質問できるのだとしっくりきます。
雑談とは、気の利いたことを言う場ではなく、盛り上げようとする場でもなく、相手の話を、いかに途中で奪わずにいられるかどうかの練習なのか〜?
無理に雑談しなくていい、という安心感を土台にしながら、それでも誰かと少しだけ距離を縮めたいときのために、「返そうとしないで聞く」という姿勢を意識していきたい。
雑談が得意になる、というより、雑談に対して構えすぎなくなるぐらいの距離感が、わたしにはちょうどいいなと感じています。