キレイの基準はどこに置くか、対義語から考えてみた

部屋をキレイに保つには。

わが家は常にキレイを保てているわけではないけれど、改めて「キレイな状態とは?」ということについて考えてみました。

キレイって、すごく抽象的でぼや〜っとした言葉。

では、キレイの対義語はなにかと言うと、ふたつ思い浮かびました。

ひとつ目は、

「散らかっている」=モノが散乱している状態。

もうひとつは、

「汚れている」=清潔感がない状態。

もちろんどちらの状態も重なってダブルパンチになる時もあるけど、キレイを保つためには、その対義語である二つの要素を解決することが必要なのでは。

個人的に、来客があるときでも散らかりは割と諦めている節があります。その生活感をむしろ愛でているというか。

でも清潔感は大切にしたいと思っていて。床におもちゃが散らばっていようが部屋干ししたままであろうが、埃が溜まっていたり水回りが水垢だらけなのは嫌。

つまり、わたしにとってキレイな状態とは、散らかっていても汚れてはいない状態のことを指すようです。

だから、苦手なりにも掃除を継続的に続けたい。ということで、どうしたら掃除をしやすい家にできるか試行錯誤していました。

そして不思議と、掃除しやすいように工夫する中で散らかりも多少改善していったように感じています。

モノが少ない方が掃除ハードルが減る→掃除しやすく配置を考えたり床に物をなるべく置かないようにするには…と考える中で自然とモノの総量が減っていくような。

キレイな状態ををキープしようとしても、抽象的なイメージの「キレイ」は際限がなく、どこが終わりかも、そのために何をするべきかも分かりにくい。

そもそも、自分にとってキレイとはどんな状態を差すのか、散らかりがないことなのか、汚れがないことなのか、そもそもの前提を考えてみるところから始めるのもよいかもと感じました。

そのために、今回はキレイの対義語から考えてみることで、わたしなりのキレイの基準が少し明確になったような気がしています。