暮らしを回すってこういうことなのかも

おはようございます。

3月下旬は季節外れの寒さだったのに、最近一気に気温が上がってきました。

今後しばらくの天気予報を見ていても、さすがにもうダウンコートの出番はなさそうな気配。

ということで、娘たちのダウンコートを洗濯して仕舞っておくことにしました。

真冬のコートは姉妹一着ずつと決めていて、次女が今年着ていたものはお役御免で処分することに。

冬前にちょうど義母から姉妹に130cmと120cmダウンコートをいただいていたのですが、長女が120cmぴったりサイズだったため、今年の冬は長女に新しいコートを、次女は昨年長女が着ていた110cmのコートを着せていました。

次の冬には次女は110cmはサイズアウトしそうなので今年長女が着ていた120cmを回して、長女には新しく130cmを着せる計画。

ということで、110cmコートは手放し決定。

長女のコートだけ洗濯して来季に備えることになりました。

という、細かすぎるどうでも良い話なのですが。

ふと、この作業をしながら「暮らしを回す」ってこういうことなんじゃないかなぁと。

「料理」

「洗濯」

「掃除」

という立派な名のある家事がある一方で、

今回のような細かいことはいわゆる「名もなき家事」という部類だと思います。

でも、「名もなき家事」は「名のある家事」の合間にするものではなく、「名のある家事」をスムーズに行うための大切な準備行為。

今回、来年のことを考えてコートの選別をしたおかげで収納はパンパンにならずすっきりする→掃除しやすくなる。

こんな些細なことでも積み重なれば大きい。

「暮らしは勝手に回っているのではない」という本多さおりさんの言葉、本当にその通り!といつも思いながら手を動かしています。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。