挨拶から得られる効用

新しい出会いが多い時期になってきました。

わたしは謙遜でもなんでもなく、初対面の人にすごく好印象を残せるタイプではないと思っています。

その場に応じた服装や言動は気をつけるものの、顔が常に強張っているというか、適当な雑談が続かないというか…。

そんなわたしが、一つ心掛けているのは自分から挨拶をするということ。

たかが挨拶、されど挨拶。ということで、今日は挨拶から得られる効用について改めて考えてみました。

①コミュニケーションのハードルを下げることができる

一言挨拶を交わしておくだけで、自分から話し掛けに行くハードルを下げることができると同時に、向こうからも声を掛けてもらいやすくなると感じています。

よく「百聞は一見にしかず」と言いますが、その逆で「百見は一聞にしかず」な場面もあるのではと、Voicyを聴いてから思うようになりました。

他のSNSなどで何度も見ている配信者さんでも、声を一度聞くだけでイメージが変わったり好感が持てたりするパターンです。

そのぐらい、その人の声を一度聞いておくことって安心感に繋がりやすいのかもしれません。

②自主性が育つ

そもそもわたしが挨拶は大切と思うきっかけは高校時代。

通っていた高校は挨拶にとても厳しい、というより挨拶するのが当たり前な文化、風土でした。

先生だけでなく、面談に来ている保護者の方々、校舎の工事やメンテナンスに来ていただく業者・関係者の方々など、とにかく大人には必ず挨拶をすることが当たり前でした。

自分の学年とは関係ない先生や部活の先輩にももちろん「こんにちは」「おはようございます」と挨拶するので、長い廊下を端から端まで移動する間、ひたすら声を出している感覚でしたが、それが普通のマインド設定に。

たしかに挨拶する側としてもされる側としても気持ち良いのですが、最近Voicyで配信されている

石田勝紀先生のお話を聞いて、なぜ高校側が挨拶重視だったのか腑に落ちました。

石田先生によると、自分から挨拶することで自主性が育つとのこと。積極的に挨拶できる子は質問も自分からできたり、自主性が育っている。

通っていた高校は文武両道をかかげ、勉強に関してもなかなかのスパルタ具合だったのですが、たしかに休み時間や放課後に自ら職員室に行って質問をする光景が日常だったし、体育祭や文化祭も生徒主導で何事も進んでいました。

挨拶習慣は、様々な面に波及していたのだなぁと今更気付きました。

わたしも、娘たちも、挨拶することで自主的に何かに取り組む姿勢を育めたら…と。

③防犯対策にもなる

なぜ高校が挨拶について何度も生徒に伝えていたのか。ひとつの理由に防犯対策を挙げて説明されていたことを思い出しました。

校内に不審者が立ち入ったとして、それが普通の大人の服装や姿だった場合、すれ違う生徒が全員「こんにちは!」と声を掛けてくるわけです。

直接的な働きかけではないけれど、不審者にとって少なくとも自分の姿を見られているという意識には繋がるのではないかと思います。