苦手だった言葉を、別の方向から解釈してみたら納得できた

おはようございます。

なんとなく苦手な言葉、わたしにもいくつかありますが、子育てに限るとすれば

「こんなに一緒に過ごせる時期は今しかないよ」

「今を大切にね」

という言葉を聞いたり見たりすると、なぜかずーんと心が沈んでしまいます。

これらの言葉は誰も悪意があって言っているわけではなく(むしろ善意)、今の子どもと過ごせる時期は今しかないことは紛れもない事実。

わたしはまだ母になって6年ですが、その間に少ないながらも子育ての中の「最後」は経験してきました。

長女の最後のミルク、最後の抱っこ紐、最後のベビーカー、最後のオムツ替え、最近はお風呂で身体を自分で洗ったりしているので、これももうすぐ最後なのかもと思ったりしています。

「今しかない」ことは頭ではわかっている。

なのにその言葉を聞くとなぜザワザワするのか。

それは、その大切な「今」を大切にできていない自分が後ろめたいからだと思います。

周りのお母さんたちは、しっかり子どもと向き合っているように見える。なのにわたしは…となるのです。

自分のせいで、こういう言葉が苦手になっている。

そんな思いがずっとあったのですが、最近こちらの配信を聞いてハッとしました。

Voicy - 音声プラットフォーム

このチャンネルでは、・子どもや子育て・教育・パートナーシップ・人間関係についてなどモンテッソーリ教育に沿って毎朝5時に放…

子育ての「最終回」をどれだけ喜んで手放せるか。

おそらく、「今を大切に」という言葉と同じような意味合いの表現だと思うのですが、こちらの方がしっくり来ました。

「今を大切に」の場合は、親としての子どもへの接し方が常に「今」としてジャッジされている感覚。

今の声掛けは正しかったのか、母として今何をしてあげるべきなのか。

これが辛く感じる原因なのかもしれません。

一方で、最終回を喜んで手放せるかどうか。

「まだもっとやってあげたかった」という気持ちよりも、子どもの成長を心残りなく喜べるか。

こちらは長期的に親としての接し方を考えたり見直したりする猶予があります。

長期的にしっかり向き合えていればトータルOK。

最終回を喜んで手放せるのは、それだけちゃんと向き合ってやってきたから。

そう思うと、1人目だからということもあって長女のこれまでの最終回に心残りはありません。

母乳かミルクか散々悩んで、ミルクの量やあげるタイミングにも悩んで、一歳過ぎにミルクを終えられた時は「やったー!」と大喜び。

まだ哺乳瓶で飲んでいる姿を見たかったとは思いませんでした。

育休中の1年間は、夫にも人見知りを発動するのでなかなか預けられず、これでもかというほどぴったりずっと一緒にいたことで、保育園に預けた1日目は飛び上がるほど嬉しかった。(こんなに喜んでいいのか罪悪感もありつつ)

反対に次女は、てんやわんやな年子育児だったこともあって、ミルクの最終回を覚えていない。ひとりで寝てくれる子だったから、もうちょっと抱っこ紐での寝顔を見ていたかったような気もする。

つまり、ちゃんと向き合って味わえていたら、最終回は喜んで手放せる。

今を大切に過ごさなくちゃと頭で思っても実際そうできない。

でも、このままの接し方で最終回を喜んで手放せるのかな?とふと問いかけてみると、もう少しちゃんと向き合ってみようという気になる。

言葉ひとつ、言い方ひとつですが、少し気が楽になりました。

長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。