小学1年と年長の姉妹は、なんでなんでの疑問がたくさん。
「これってなに?」「なんでなん?」と毎日質問ラッシュです。
時間と心の余裕のないときは答える側も大変なのですが、せっかくの興味関心を阻害することのないように、なるべく何かしら答えるようにはしています。
そんな中で、わたしが意識していることについてお話したいと思います。
それは、「難しい言葉も分かりやすく変換せずにそのまま伝える」ということ、そして「説明しすぎない」ことの2つです。
まず、難しい言葉もそのまま伝えることのメリット。
①言葉の世界を広げるきっかけになる
子どもが「それどういう意味?」と聞くことで、自然に語彙が増える。
②本来のニュアンスを失わない
大人が噛み砕きすぎると、言葉が持っている深みや響きが伝わりにくくなる。
③理解はあとから追いつく
その時に全部わからなくても、耳に残った言葉がのちに芽を出すことがある。→ 「わからないことに出会う」経験自体が学びなのでは?
わからない→質問する→少しわかる、という流れ自体が知的好奇心を育てるのではないかと考えています。
例えば、最近わたしがよく作っている干し野菜。水分が抜けて小さくなった野菜を見た長女が、「なんでこんなカラカラになってるん!?」と質問してくれました。
わたしは「野菜の中にあった水分が蒸発したんやなぁ」と返答。
「ジョウハツってなに?」と長女。「水が気体っていう見えない形になって空気中に移動すること。」「移動?」「水たまりもいつのまにか乾いて消えてるやろ?あれも水が蒸発してるからやねん」
「蒸発」という言葉を最初から伝わるように言い換えず、そのままストレートに説明をすることで、完全には理解できなくてもそんな言葉があるんだな〜ぐらいで十分。
イメージとして、親としては単語ひとつの「点」を答える感じ。そして点と点、単語と意味、実際使われている場面などを繋げて「線」にする役割は子ども自身の方が、後々身につくのではないかと、自分の経験を振り返ると思うのです。
そして、意識していることふたつ目に挙げた「説明しすぎない」ことも、この具体例からお話します。
「蒸発したんやなぁ。蒸発っていうのは…」と一度で説明せずに、最初は簡潔な回答にしておくことで、その質問に対する子どもの関心度がわかります。
「蒸発してるから」の回答に「ふーん」で終われば、そこまで関心がないということ。こちらからもあえて説明したりはしません。
今回は「蒸発ってどういう意味?」と質問がさらにあったので補足説明をし、さらにまだ腑に落ちていない様子だったので水溜りの例を出して説明する…といった流れに。
質問と回答をラリー形式で何度か往復することによって、子どもの関心度を探るイメージです。
興味関心がない相手にいくら説明しても届かないのは大人も子どもも同じこと。無理に教え込もうと説明してしまうと、子どもが同じ質問をしてきた時に「前も言ったやん〜」ということにもなりかねないので、自分のためにも必要最低限の回答に留めています…。
ここまで読んでくださった方は気付いてらっしゃると思いますが、意識していること2つはどちらも子どものためというより母であるわたしのためです。
質問にはちゃんと答えたい、でも2人からの質問攻撃に全部きちんと向き合う時間は取れない。
だから子供に伝わるよう噛み砕くことはせず、簡潔に一言で答え、あとは子ども自身の興味の深度に合わせて会話ラリーをする。
質問が出てくるのって素晴らしいことという前提を忘れずに、お互いにとって心地良いやり取りを続けていけたらと思っています。